【2023注目の逸材】
とみた・りょう富田凌生
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【所属】岡山・岡山庭瀬シャークス
【学年】6年
【ポジション】一塁手兼捕手
【主な打順】四番
【投打】右投右打
【身長体重】160㎝53㎏
【好きなプロ野球選手】中村紀洋(元近鉄ほか)
※2023年12月10日現在
小・中・高…と進んでも、必ず終わりがやってくるのが学生野球。節目となる最後の打席を覚えている野球人は、どれくらいいるのだろうか。
富田凌生にとっての学童野球ラストゲームは、特別なものとなったに違いない。舞台は12月の東京・神宮球場。参加1440チームの頂点を決める、全国大会の準決勝だった。
四番の富田は1回裏の第1打席で、目の覚めるような先制2ランを放っている。レフトの特設70mラインをあっという間に超えていく豪快な一撃だった(下写真)。
「もっと飛ばしますよ。神宮でもフェンスの手前あたりまでは普通に運ぶ力はあります」と、中西隆志監督も認めるチームNo.1のアーチスト。自分では正確にカウントしていないが、通算で50本目くらいの本塁打になるという。
「打ったのは、ちょっと外気味だったような…あまり覚えていないです」
メジャーリーガーになる! という大きな夢を迷わず口にする富田にとって、残した数字や仔細はさして重要ではないのかもしれない。ラストゲームのその後のことも、特別な意識が働いたわけではないようだった。でもそれが逆に、仲間や人の心を動かすことに――。
冬の連覇をかけた大舞台
岡山庭瀬シャークスは、全日本学童大会にも4回出場している強豪として知られる。1年前にはポップアスリートカップで全国優勝を遂げている。
昨年のポップ杯優勝時は5年生6人がメンバー入り。富田は外れていた(写真は今年)
そのときの胴上げ右腕、武田真珠(当時5年)を擁する新チームの6年生たちが目指してきたのは、「てっぺんちょ(全国の頂)」。しかし、県予選敗退で今夏の全国出場はならず。この12月、14チームによるポップアスリートカップ全国ファイナルトーナメントの出場は、前年度優勝枠によるもの。つまり予選は免除されてきた。
「去年の6年生のプレゼントの大会やから、『岡山に帰って良い報告をする!』というので、みんなで一生懸命にやってきました」(中西監督)
前日の2回戦では、昨夏王者の中条ブルーインパルス(石川)に4対1と打ち勝って実力を証明してみせた。2週間後のクリスマス・イヴに卒団式を迎えることになっている6年生たちも、この1勝で胸をなでおろしたのかもしれない。
さて、富田の2ランで幕を開けた準決勝は以降、苦しいものとなった。先発の絶対的エース・武田が珍しく制球に苦しみ、押し出しや暴投も相次いで2対5と逆転されてしまう。「審判のジャッジがどうというより、きょうは自分の思ったボールがいきませんでした」(武田)
本番では選手を信頼して任せる。指揮官の冷静なタクトも庭瀬シャークスの特長だ
それでも、2回裏に長短打とスクイズで1点を返すまでは、白熱したシーソーゲームの予感もあった。しかし、エースが降板してからの後半戦は、相手の大崎ジュニアドラゴン(宮城)のほぼワンサイドに。
あと一死で幕の最終打席
守備のミスが重なってバタついたところを小技で突かれては中押しされ、5回には打者11人の猛攻にさられた。被本塁打や与四球に、ミスも絡まったりで3対12と絶望的なスコアに。
負ければ終わりのトーナメント戦。銅メダル以上を確定させ、卒団を待つばかりとなる庭瀬の6年生は、負けたところで失うものは何もない。ビハインドが増し、否応もなく弛緩しかけるムード。だが、それを懸命に打ち消してきたのが、マスクをかぶる富田だった。
「オイッ! ピッチャー1人で戦っているんじゃねーぞ!」「みんなでピッチャーを助けてやれ!」
扇の要から、こうした声をどれだけ発してきただろうか。たまらずに自らタイムをとり、マウンドに内野陣を集めて直接にハッパをかけるシーンも(下写真)。
「野球はみんなでするスポーツで、自分も仲間がいてできるのが野球ですから。そのみんなと一緒にやれるのももうちょっとしかないから、全員でやろうと思っていて…」(富田)
残り時間(既定90分)からしても最後の攻撃になるだろう5回裏。8点を追う庭瀬は、先頭の代打・坂内大和が右前打、続く一番・佐々岡隼翔主将も右前打で続いた。だが、そこからたちまち二死となって四番の富田が打席へ。
ボール、ボール、ファウル、ボール、ストライクでカウントは3-2になる。もうあと1個のアウトで試合が終わる、という土壇場だ。絶望的な得点差と、誰もが認める長打力に四番という立ち位置。そしてほぼ間違いなく、この打席が学童野球の最後になる。
想いが仲間に伝染
フルカウントで来た1球は、ストライクのコースを少々外れていた。でも富田なら、ガッついて満振りしても、またその結果で試合が終わろうと、文句の一語も出なかったはず。
しかし、彼はしっかりと見送ってからバットを置き、一塁へ揚々と駈けていった。
「野球は1人でやるんじゃねーぞ!」
試合中、仲間に訴え続けてきたことを自らの最終打席で実践してみせたのだ。
第1打席で2ラン以降、2四球で富田の学童ラストゲームの打席は終わった
同じ最終回に代打で出場した富谷海が、四番打者の四球をこう振り返っている。
「うれしかったです。チームのために何かをするっていうことが、ちゃんと伝わってきました」
他の仲間も思いは同じだったのだろう。富田が一塁へ歩いて二死満塁となってから、高永晧平が中越え2点二塁打を放つと、代打の宮崎竜之介が四球を選んで熊澤泰成が右前へタイムリー。
最後に3点を返してラストゲームを終えた6年生たちは、どの顔も清々しかった。そして誰からともなく、一塁ベース付近で神宮の土を手ですくい、競うように尻のポケットに収めて笑っていた(下写真)。
「シャークスはつなぐ野球を大切にしているから、そういう野球を守っていきたいなと思って。つなぐ打球を打つと決めていたんですけど、(最後は)ボール球なので見逃してつなぎました」
あらためて、最後の打席を振り返る富田の声が聞こえる場所で、母親が目を潤ませながらポツリと立っていた。
一人っ子の富田が野球を始めたのは1年生の夏休み。父親が野球経験者だが、近所に住む庭瀬の引地代輔代表(OBで前楽天・秀一郎投手の実父)に誘われたのがきっかけだった。兄弟がいない分、そこで出会った仲間たちとの触れ合いから育まれた人格もあるのだろう。
「6年間、すごく楽しかったです。野球をやってホントに良かったなと思います。こんな大好きな野球を続けてこられたのもお父さんとお母さんのおかげで、監督にはいろんなことを教えてもらって、一緒にやってきた仲間にも感謝しかない。『ありがとう!』と伝えたいです」
これらを伝え聞く前から、指揮官は感極まっている様子だった。
「あの子(富田)はちょっと慌ててバタバタするところがあったりするので、ファーストに回っていたんです。ケガ人もあったりしてこの大会はキャッチャーに戻ったんですけど、見違えましたね。ああいう声はファーストにいるときから、よう出る子。やっぱり素晴らしい四番バッターですね。打ってくれるときはしっかり打ってくれるし、最後のフォアボールもね、よく…」
「逆方向に打つとか、家ではお父さん(写真左)が一緒に練習してくれました」
5年生以下の新チームは、秋の岡山大会でチャンピオンとなっている。標的は毎年の最上級生が自分たちで決めるのが伝統。「てっぺんちょ」になるのかどうかは定かでないが、去り際の6年生が身を挺した「つなぎの野球」は、しかと伝承されていくことだろう。
(動画・写真・文=大久保克哉)